浄土真宗の法事は故人の冥福を祈る追善供養ではなく、遺された人が仏法を聞くための行事とされています。法名・中陰法要・お斎の意味から、本願寺派と大谷派の作法の違いまで、宗派公式サイトの案内をもとにまとめました。
浄土真宗の法事は、故人の冥福を祈って功徳を送る「追善供養」ではありません。亡き人はすでに阿弥陀仏の救いで浄土に生まれ仏さまになっているという教えから、法事は遺された人が「私のために」仏法を聞く行事とされています。日程の決め方や当日の流れは他宗派と大きく変わらないので、まずこの位置づけの違いだけ押さえれば大丈夫です。
このページでは、浄土真宗の法事の考え方と、他宗派との違いが出やすいポイントを整理します。香典の表書きは浄土真宗の香典、お布施の考え方は浄土真宗のお布施、お仏壇まわりの違いは浄土真宗に位牌がない理由に分けています。法事全般の日程や準備の基本は法事・法要の基本ガイドをご覧ください。
浄土真宗の法事は「追善供養」ではない
浄土真宗本願寺派の公式サイト(仏事・行事Q&A)では、法事の意味が次のように案内されています。亡き人は阿弥陀仏の救いによってすでに浄土に生まれ、仏さまになっておられる。だから法事は、参拝者一人ひとりが「私のために」仏法を聞く仏教行事である、と。
多くの宗派で法事は、読経やお供えの功徳を故人に振り向ける追善供養として営まれます。浄土真宗では、亡くなった方はすでに仏さまになっていると考えるため、この世から功徳を送る必要がないとされます。法事の主役は故人ではなく、手を合わせている自分自身。ここが浄土真宗の法事のいちばんの特徴です。
とはいえ、実際にやることが大きく変わるわけではありません。お寺や自宅に集まり、お勤め(読経)をして、法話を聞き、食事をともにする。外から見た流れは他宗派の法事とほとんど同じです。変わるのは意味づけのほうだと考えてください。
四十九日までの中陰法要も「遺族のため」
亡くなってから七日ごとに勤める法要を中陰法要といい、浄土真宗でも行われます。本願寺派の公式サイトでは、最後の七七日(四十九日)を満中陰として特に丁重に勤める慣わしと案内されています。
ここでも意味づけが独特です。中陰法要は亡き人への追善のためではなく、遺族自身が阿弥陀さまのお心をいただきながら、悲しみから立ち直っていくための機縁となる法要、と説明されています。「四十九日で故人の行き先が決まる」という考え方を取らないので、審判を待つ期間という緊張感ではなく、遺族が気持ちを整えていく期間として捉えられています。
四十九日の日程の数え方や当日の準備は四十九日はいつ?数え方・当日の流れで、命日からの日程計算は法要日程計算機で確認できます。
戒名ではなく「法名」
浄土真宗では、仏弟子としての名前を法名(ほうみょう)と呼びます。本願寺派の公式サイトでは、法名は「仏法に帰依した人の名前」で、帰敬式(ききょうしき)を受けた人に授与されるものであり、浄土真宗では「戒名」という言い方はしない、と案内されています。
本来は生前に帰敬式を受けていただくものですが、亡くなったあとに授かる場合もあります。法名は位牌ではなく過去帳や法名軸に記して残します。詳しくは浄土真宗に位牌がない理由にまとめました。
法事のあとの食事「お斎」
法要のあとの会食を、お斎(おとき)と呼びます。真宗大谷派(東本願寺)の公式サイトでは、年忌法要や報恩講などの仏事の際に、人々が集って米や野菜などを持ち寄って調理していただいた食事を「お斎」と呼んで親しんできた、と紹介されています。
単なる打ち上げの会食ではなく、食事をいただくことの意味をあらためて思いかえす場、という位置づけです。施主として準備する場合は、会場や人数と合わせて、僧侶がお斎に同席されるかどうかも事前に確認しておくと、当日慌てません。同席されない場合の御膳料の慣習はお布施の相場と渡し方で説明しています。
本願寺派と大谷派で作法の細部が違う
浄土真宗には複数の宗派があり、代表的なのが本願寺派(西本願寺)と大谷派(東本願寺)です。教えの根幹は共通していますが、作法の細部が異なります。
わかりやすい例が焼香です。本願寺派の公式サイトは「お香はおしいただかない」で「回数は一回」と案内し、大谷派の公式施設・真宗会館のQ&Aは「お香は二度入れてください」と案内しています。焼香の手順そのものは浄土真宗の焼香で詳しく解説しています。
このほか、お勤めの節まわしやお仏壇の荘厳(おかざり)にも違いがあります。自分の家がどちらなのか分からないときは、自分の家の宗派の調べ方を参考にしたうえで、お付き合いのあるお寺に確認するのが確実です。
何回忌まで勤める?
本願寺派の公式サイトでは、「五十回忌でおしまい」ではありません、生きている限り勤めて仏縁を持ってください、と案内されています。法事が「私のため」の行事である以上、区切りの回忌で終わりにする理由がない、という考え方です。
実際には、家庭の事情に合わせてお寺と相談しながら続けていくことになります。回忌の数え方と年の一覧は回忌早見表で確認できます。
宗派・地域・寺院による違い
作法は宗派だけでなく、地域や寺院、家ごとの慣習によっても異なります。この記事は各宗派の公式サイトの案内と一般的な例のご紹介です。迷ったときは、お付き合いのあるお寺(手次寺・菩提寺)や式を担当する葬儀社に確認するのが確実です。
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よくある質問
浄土真宗の法事は何のために行うのですか?
浄土真宗本願寺派の公式サイトでは、亡き人は阿弥陀仏の救いによってすでに浄土に生まれ仏さまになっているため、法事は参拝者一人ひとりが「私のために」仏法を聞く仏教行事と案内されています。故人の冥福を祈って功徳を送る追善供養とは位置づけが異なります。
浄土真宗でも四十九日(中陰法要)は行いますか?
行います。本願寺派の公式サイトでは、七日ごとの中陰法要のうち最後の七七日(四十九日)を満中陰として特に丁重に勤める慣わしと案内されています。ただしその意味は故人への追善ではなく、遺族自身が悲しみから立ち直っていくための機縁とされています。
浄土真宗の法事は何回忌まで勤めればいいですか?
本願寺派の公式サイトでは「五十回忌でおしまい」ではなく、生きている限り勤めて仏縁を持ってほしいと案内されています。法事が故人のためではなく「私のため」の行事だからです。実際にいつまで勤めるかは、お付き合いのあるお寺と相談して決めれば大丈夫です。
本願寺派と大谷派で法事の作法は違いますか?
細部が異なります。たとえば焼香は、本願寺派が「お香はおしいただかないで1回」、大谷派が「2回」と、それぞれの公式サイト・公式施設のQ&Aで案内されています。どちらの作法かは、お付き合いのあるお寺に合わせるのが確実です。
浄土真宗では「冥福を祈る」と言ってはいけませんか?
亡くなった方はすでに仏さまになっているという教えから、冥福を祈るという表現はなじまないとされることがあります。ただし参列者が言葉ひとつで責められることは、まずありません。施主側として迷う場合は、お寺に言い回しを確認しておくと安心です。
出典